コラム





Career Column Vol.2 
「これからの音大卒業生は・・」ー 原田幸一郎教授 (ヴァイオリン)



先輩や先生方、また音楽をとりまく様々な仕事をしている方々へのキャリア・インタビュー。
初回は、本学で長年教授を務めていらっしゃる原田幸一郎先生(ヴァイオリン)から、
昨今の生徒さん達の動向を巡るお話を中心に伺いました。


厳しい音大卒業生の現実

− キャリア支援センターでは、卒業後の進路についての相談をたくさん受けています。
先生のお弟子さんは皆さんどうしていらっしゃいますか?

オーケストラに就職したり、留学する人も多いです。

ただ今は、オーケストラに入るのは大変ですね。
最近、読売交響楽団や東京交響楽団でヴァイオリンのオーディションがあった際、
80人、90人といった人数が全国から受けに来たと聞きました。
例えて言うと、メジャーなコンクールの
少なくとも本選に行くような人でないと入れないことになってしまっています。


ヴァイオリンの卒業生は、
ヴァイオリンを弾く仕事だけで生きている人は、
そうですね、3分の1いるかいないか、ということになりますね。



東京の外にも、音楽家が生きる場所はあるはず

− それ以外の人は、特に保護者と一緒に住んでいない場合は、とても大変ですね。


そう、地方の人こそ故郷に帰って、地元のオーケストラに入ったり、
子供に教えたりすればいいと思います。

東京を離れたくない気持ちは、もちろん分かります。
でも東京では、仕事がなかなか無い。
ちゃんと地方で教えられる人がいればまた、
そこからいい音楽家が出てくることになるかもしれません。


それから今はちょっと状況が違うかもれしれませんが、
数年前に札幌交響楽団を指揮しに行ったときに、
「だれかヴァイオリンの生徒をよこして欲しい」と言われました。

少なくともその時点では、東京から誰もオーディションを受けに来て いなかったみたいです。



これからの学生に必要とされるのは


とりあえずしっかり練習して、コンクールで入賞することが大事、
というのが大半の人の考え方で、
その先が分かっていない。

学生もそうだし、多くの先生たちも分かっていません。

ある意味、先生方というのは学校で楽器を教えるのが仕事だから、
それ以外のことを知らないのは無理もないことですけどね。


これからの音楽学校は、いろんな将来の可能性を考えないといけない。
たとえば、もっと普通の教養科目をちゃんとして、
会社への就職の道をもう少し広げられたらいいですよね。
楽器だけで生きていくのは、ほぼ不可能ですから。

アメリカの例だと、学校としてジュリアード音楽院とコロンビア大学、
ニューイングランド音楽院とハーヴァード大学が提携しています。
そういういったことが桐朋にも出来ないかな、と思います。


それから、昔アスペン音楽祭で教えていた頃に、いろんな項目の学生向け講座がありました。

「コンサートマスターになるには」、「ソリストになるには」、
「スタジオ奏者になるには」、というノウハウや社会通念の座学を、
ちゃんと80年代からやっていた。

そんなことも、キャリア支援センターで少しずつ取り上げて欲しいです。


− これからの演奏家は、どんなことをしていったらいいと思いますか?

もと生徒で、アウトリーチをやっている人もいます。
それから、例えば荒井桃子という教え子は、いろんなジャンルの音楽に関わって活躍している。
そのことにたいして、僕が怒っているんじゃないかと、彼女は思っているけど、決してそんなことはない。

葉加瀬太郎も、「ツケメン」も、いろんな音楽活動の方法を自分たちで見いだして、
それはそれでいいことだと思います。

ただ、そういう音楽自体が僕の興味の範囲ではないので、
あえて彼らの音楽会に行くことはない、というだけの話しです。


マネージメントで働くなど、音楽関係の仕事が出来る人材も必要です。
そういうところでも通用する人材がもっと出て来て欲しい。


今日、実はラフォルジュルネに初めて行きました。
あのやり方に対して批判的な人も居ますよね。
でも僕は、あれはあれでいいと思う。
とにかくすごい人数がクラッシックの音楽会に集まってくる。
あの音楽祭を企画したフランス人(ルネ・マルタン)のように、
いろんな企画を考えだす人がいたらいいと思う。
何も、サントリーホールでかしこまって聴くだけが音楽会ではないんだから。

最近は、ベルリン・フィルが来ても売り切れない、ニューヨーク・ フィルが来た時はガラガラ、
という残念な話しがたくさんあります。
需要と供給の差があまりに大きいのですが、
そんな今こそ、アイディアを持って企画を出来る人が求められています。



人間性、コミュニケーション力がものを言う

− 企画といえば、1月の「Mostly Koichiro」は大盛況だったようですね。


あれは、僕の生徒だった神尾真由子さんと高橋宗芳君が全部企画したんです。
神尾さんにそういう才能もあったというのは、今回初めて知りびっくりしました。


僕のかつての生徒の中でも、プロオケで弾いている人限定で弾いてもらいました。
特にすごく上手ではなかった子がプロオケで弾いていることもあれば、
とても注目を集めていたうまい子が、仕事をしていない場合もあります。


− それは、どんな理由からでしょう?


ひとつ考えられるのは、人間性。

何においても、人とコミュニケーションをとれないのが、いちばんまずい。
音楽は、学生時代からずっとつながっている仲間と一緒に働くことが多いですよね。
学生時代に周囲との関係を、あまり築かなかった人は、苦労していると思います。
同じ仲間が同じ分野にずっといる世界だから、なおさらです。





桐朋学園で30年近く教えて来た中、
時代と共に変わりゆく音楽界の状況を目の当たりにしてきた原田先生の言葉には、
厳しい現実を踏まえながらも、
いろんな生き方への包容力も感じられました。

韓国国立芸術大学客員教授としてもお忙しい中、
この九月からは ニューヨークのマンハッタン音楽院でも教え始めるそうです。
世界各地の教育現場から、
さらに新しい風を桐朋に送り込んで頂けたら嬉しいですね。



インタビュアー・文責 大島路子